大いなる妖怪の追求

 こうみえても妖怪には人並みには興味がある。妖怪の種類や性質などは親戚の子どもたちのほうがよほど詳しいのだけれど。
 妖怪の由来に関しては、「ハイネ ー>フレーザー ー>柳田国男」 的な流れで、解説するようにしてはいる。
 零落した落ちこぼれの神々の姿が、妖怪だというわけだ。

 それ以外の見かたというのも大切だと思う。古き伝承や信仰の痕跡を妖怪に見出して、そこから民族文化の根を探り当てようとするものだ。
 残念ながら、そのための基礎情報となるものは、ほとんど見当たらないのが実情。その例外は柳田国男の書籍をのぞくと、石田英一郎の『河童駒引考』だ。
 文化人類学の本という位置づけなのだけれど、内容は柳田国男の河童宣言の書「山島民譚集」の世界版とでもいえようか。文化人類学にあるまじき座学の本。つまり、フィールドワークなしに図書館の本を漁りまくる研究だ。フレーザー型というのかなあ。

 だけれど内容は示唆的で豊富で、面白い。
 神話と民間伝承、考古学と歴史が入り交じり博引旁証で、河童=水の神と家畜との関連性を例示してくれる。北欧神話ケルト神話、フランス民話、山海経など中国典籍と日本民俗学などがあるかと思えば、当時最新のジェーン・ハリソンのギリシア神話研究や古代オリエント考古学の成果を参照したりする。

 あえて言うけど、こんな妖怪研究はその後絶えて、存在していない。関係者の仕事は専門分野に閉じこもり正確で綿密だけれど、なんか訴えるものに欠けるような...。
 そういうのはどの分野でも起きることだけどね。

 石田の研究が提起しているのは、不正確だけれど異なる地域や民族文化のあいだの繋がりだ。返す返すも誰も後継者がいなかったのは、不幸なことだ。
 とくに、家畜とその伝来に関わる風習や信仰が、どう日本に受け入れられ、今日に至ったかだ。騎馬民族征服王朝説とオーバーラップして、しかも妖怪伝承に関係するので、楽しそうなネタなのに。

 ひとつサンプルを引こう。
 山口県津具村に伝わる河童伝説がある。領主の馬を堤につないでおったところを河童におそわれたというハナシだ。ここで向津具半島には「楊貴妃の墓」なるものがある。有名なB級スポットである。
これらが本当かウソかというのは、その筋の関係者に任せよう。
 ここでの関心事は何を示唆しているかだ。
 この2つを重ねると、馬の伝来とともに中国の説話と風習が当地の根付き、河童駒引きと楊貴妃という言い伝えが生まれたとも考えうる。
 朝鮮半島からの渡来人はどのような伝承、妖怪をひきつれてこの列島に来たのだろう?
 家畜の伝来という考古学的な事実と伝承ファンタジーが歩調を合わせるというのが、妙味だ。
こうした多層的な連想をもたらす研究は、もはやあまりないのではないのではないか?


新版 河童駒引考―比較民族学的研究 (岩波文庫)

新版 河童駒引考―比較民族学的研究 (岩波文庫)


  この山口県長門市油谷向津具下は楊貴妃の里」なのだ。

  

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