2018-02-01から1ヶ月間の記事一覧

児玉神社の由来

児玉源太郎は旧帝国陸軍の大将、参謀として日露戦争で抜群の働きをした軍人である。その英姿の一部は司馬遼太郎の『坂の上の雲』でも描かれている。 彼の偉業を讃える人々は日本国よりは、台湾国の方に多いとも思える。それは国立台湾博物館に児玉の銅像が展…

禁断の離島 大神島についての文献的まとめ

昭和後期の最大の戯曲家であった寺山修司は辺境やタブー、それに閉鎖的な社会などに興味を持っていたらしく、その短い生涯に「僻地」への一人旅をいくたびか試みている。 その風変わりな紀行文集は『花嫁化鳥』として残されてている。その最初の章が「風葬大…

大石凝真素美(おおいしごりますみ)の水茎文字

きわめてキテレツだが純和風の名前の持ち主は神道思想家の一人であり、明治期を駆け抜けた反近代の神秘主義者であった。一般人には出口王仁三郎の師の一人として記憶されているようだ。 本名を望月大輔という。いかにも甲賀郡出身者的な名である。1832年生ま…

神功皇后のこと

仲哀天皇の皇后で応神天皇の母である神功皇后は、いまだに実在と神話のハザマに置き去りにされている。第十四代天皇である仲哀天皇は神功皇后に取り憑いた神(住吉大神)の託宣を軽視したため薨去。 あとを継いだ神功皇后は応神天皇を孕みながら、新羅征伐を…

奈良の東大寺と新羅の関係

奈良の古寺であり、国宝である東大寺は華厳宗の総本山である。つまりはその大仏は華厳宗の権化ともいうべき盧舎那大仏(るしゃなだいぶつ)なわけだ。 ところで華厳宗の教えはもちろん中国伝来なのだろうが、新羅の影響はただならぬ。そもそも奈良時代におい…