紫電改の死闘 源田の剣

 1945年1月というと太平洋戦争も末期近く、大日本帝国の凋落の運命はほぼ決まった時期である。真珠湾奇襲の立役者、源田実の肝いりの本土防衛戦隊が四国、松山に配備される。
 70機ほどの紫電改(Kawanishi N1K)と帝国のえりすぐりの戦闘機乗りを集合せしめた「剣」こと第三四三航空隊だ。
 フライング・フォートレス(空飛ぶ要塞)と称されたB29を迎撃する任務もこの部隊には課せられていた。最大速は576 km/hだ。開戦当初は優越性を誇ったゼロ戦は最大速度565km/hであった。しかしながら高空では非力であり、グラマンとの戦闘能力でも見劣りするようなった。
 他方、紫電一一型は583km/h、実用上昇高度でも12,500mとB29を邀撃できる性能は保持していた。
 そうはいってもB29の装甲や武装は侮れないものがあり、紫電改でも斜め上空正面からの20ミリ機関銃による操縦席などやエンジン部への連射しかない。
 つまり、576 km/h+583km/hの相対速度を弾丸に加えることで破壊性をますのだ。飛燕とか紫電改などを駆使できる達人的な戦闘機乗りだけがこの空の要塞を撃墜できたのだ。

 海外でも紫電改への評価は高く、英語版wikiでも

In every case, the Shiden, especially the Kai version, proved to be a capable dogfighter with a great combination of firepower, agility and a rugged structure.

 つまり、紫電改ドッグファイトにおいて火力、機動性と耐損傷性の偉大なる戦闘性を誇ったと米国人も言っているのだ。

 ああ、いかんせん、投入時期が遅すぎた。川西航空機の生産体制も弱体であった。

 B29とグラマンの大編隊は本土上空に雲霞のごとく押し寄せる。
 松山の剣部隊はいかに一騎当千のツワモノといえども、数の上では非力にちかい。戦後の米軍発表の実際の撃墜数は大したことない。一回の空戦で十数機のグラマンを撃墜したのがせいぜいであろう。戦闘直後のパイロットの報告は実数より過大だった。
 これをもって、源田実が嘘つきとする論者もいるのだが、それは以下の議論で反駁されるであろう。

 圧倒的多数の装甲が厚い敵機に数分の一の我が方の紫電改が格闘するというのはランチェスターの法則からいっても多大な戦果を要求するのは無理である。
 ランチェスターの第二則の式を示す。戦力は二乗に比例するというものだ。ここで、t状態におけるxとyは残存機数とせよ。

 これを1945年3月19日の九州沖航空戦に適用してみよう。eは武器性能比だ。始めに紫電改グラマンを比較して等価 e=1だとしておこう。
 X0,Y0は初期の戦闘機の機数だ。添字tは戦闘終了状態。
 剣部隊が63機でグラマン160機(2倍以上だ)と立ち向かい、自軍(剣部隊)が46機になるまで戦闘したとしよう。日本側の記録では17機ほどが未帰還とされる。46機になるまでまでの戦闘ということである。
 ランチェスター則よりグラマンは154機残る。つまり、6機しか撃墜できない。
しかし、グラマンも航続距離や弾数に制約があるので数の減少した紫電改を殲滅できない。
 その計算例を示した下図では横軸に時間、縦軸に残存機数をとっている。
 

しかるに、戦後のアメリカ側の記録によれば14機撃墜されたとある。つまりは武器性能比e=1ではなかったということになる。e=1/2として計算したのが下図だ。

 計算結果としてグラマンは12機撃墜となるので、実績に近くなる。これはとりもなおさず、剣部隊(ほぼ紫電改)の機体の優秀さとパイロット技能を物語るものであろう。
 二次則では戦力は数の二乗に比例するのだ。機数で劣る剣部隊がグラマンをそれほど撃墜できなくとも、それは源田やその戦闘機乗りたちのせいでもなんでもない

 だが、戦闘機乗りたちは衆寡敵せずと諦めず果敢に闘いぬいた。ひとえに銃後の市民を守るためだ。ここに意義があると思う。
 1945年3月というのはアメリカの爆撃戦略が無差別殺人に転換した時期だ。1945年の航空戦略には2つの汚点がある。米将カーチス・ルメイによる市民の殺戮指示、それに帝国陸海軍の本土決戦に向けての航空戦力温存策だ。
 日米双方の軍部は非人間的な殺人機械と変質したのだ。

例外は源田の剣だ。

 1945年の3月19日のデビュー戦から、8月8日の最後の戦闘に至るまでの度重なる戦闘で優秀なパイロットたちは散華してゆく。英霊に合掌。
 国民を守るための防空戦闘機の戦いほど英雄的で武士道の精神に近いバトルはなかったのではないか。男と男の勝負といった趣きは空の決闘でのみ残存していたと言っておこう。

 ゼロ戦にくらべて紫電改は人気がイマイチだが、無差別爆撃が開始され、多くの国民の命(我らのじいちゃん&ばあちゃん世代)を救うために孤軍奮闘した可憐な姿にはエールを送る価値はある。



紫電改よ、永遠なれ (新人物往来社文庫)

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紫電改の六機―若き撃墜王と列機の生涯 (光人社NF文庫)

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源田の剣 改訂増補版 米軍が見た「紫電改」戦闘機隊全記録

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 ランチェスターの戦略を数理的かつ懇切丁寧に解説した稀書

競争に勝つ科学―ランチェスター戦略モデルの発展 (1980年)

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