「ジャパニーズ・スマイル」は日本人の不可解さの象徴だったが、今ではそれも当たり前な国民性となってしまったかのようだ。これについては小泉八雲の濃厚な弁護があるが、これは褒め殺しというものだろう。
夫が死んだことを知らせるとき、若い召使いは、すでに述べたこの国の形式的な礼儀にしたがって微笑したのである。
八雲によれば悲しい時の微笑は「私のようなつまらなものへの心遣いは無用です」なのだと『日本人の微笑』で要約している。そこまでして微笑むことは風下日本人を自称する自分には理解できない。さりながら、震災に見舞われた人たちがテレビのインタビューでそこはかとない微笑みを浮かべることがあるのは今もあるのだ。
和辻哲郎が熊野本地説話ですくい上げた「苦しむ神」への共感もその文脈で考えると示唆的だ。
悲しみはグッとこらえるものであり、悲しみとともに生きる知恵というものがあるのだろう。それが東日本大震災での死者の物語り=霊体験という新たな遠野物語の出来に結びついているのだ。
しかし、それにしても日本のコンテンツは悲しみをこらえる、寂しさを噛みしめるタイプのものが多い。民話にしても映画にしてもコミックにしても演歌にしてもそうだ。
ハリウッド映画、とくにアニメとの比較がわかりやすいだろう。ピクサーのアニメは必ずハッピーエンドになるのがお決まり。ところがジブリのアニメではハッピーエンドとは限らない。おおむね別れが基調であることが多いようだ。
物憂い物語りの長い伝統がある。折口信夫の「貴種流離譚」や中世の説経節などの精神的水脈が今日まで連綿と流れている。宮沢賢治の童話、鉄腕アトムが太陽に自己犠牲の突入でエンディング、ルパン三世の中途半端な終わり方などが思い浮かぶけれども、ここはあまり知られていない民話を紹介しよう。
WIKIからの孫引きである。題して「見るなの座敷」
昔、ある男が山奥で迷っていると、一軒の家があった。一晩泊まっていこうと思い、足を踏み入れた。綺麗な女が出迎え、酒やごちそうを用意してくれた。
後に女は「ここには13の座敷がありますが、決して13番目の座敷には入ってはいけませんよ」と言い残して外出した。
男は障子を開け、それぞれの座敷に入ってみた。どの座敷も美しい景色が広がっていた。
最後に13番目の座敷が残されたが、男はどうしても見たくなり、障子を開けた。そこではウグイスが鳴いていた。だが、一鳴きで鳴くのを止め、どこかに飛び去ってしまった。あとには家もなく、男は何もない森の中で立ち尽くすだけだった。
ウグイス女房の復讐もなく、男の反省も語られることはない。忘恩行為を責めるでもなく、あとでの戒めや後悔というのとも違う。
ただ、儚い夢の経験と淡い喪失感が残されるだけである。
この不可解な話しについては、河合隼雄の分析でも西洋昔話との文化差が指摘されているが、「消え去る女性」というモチーフがあるように思う。これがルパン三世と峰不二子との関係というといいすぎだろうか。
ある識者は「豊玉姫命」の精神的系譜を指摘している。
物語りの結末が曖昧だということもある。幸せになったというのとも奈落の底に落ちましたというのとも異なる特有の尻切れトンボ感だ。
小川未明(おがわびめい)の童話もそうだ。例えば、「ねこ」は母猫が子ネコの引取先を見届けて姿を消すだけの話しである。
そして、中国系アメリカの作家ケン・リュウが刮目した『ヨコハマ買い出し紀行』という起承転結無しマンガがある(別のブログでも取り上げた)。
ケン・リュウはヒューゴー賞をとったSF作家であるが、このとりとめのないところにこそアジア的なものがあると感じたようだ。
「若い」ロボット娘である初瀬野アルファの過ごす日本人の午後三時、テロテロした物憂い物語りが悲劇も喜劇もなく語られているだけの『ヨコハマ買い出し紀行』。
しかし、それが21世紀のアメリカSFの刺激となり、ヒューゴー賞受賞作「もののあはれ」になったということに、不思議なエニシを感じるのは自分一人だろうか?
日本的情感がドライなUSでも通用するようになったのかもしれない。
とりとめなく取り付く島もない情感が「もののあはれ」の一つのあらわれなのかもしれないという結論にもならぬ感想で擱筆しておこう。
【参考書】
- 作者: ラフカディオ・ハーン,Lafcadio Hearn,池田雅之
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- 作者: 河合隼雄
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- 作者: ケン・リュウ,古沢嘉通,牧野千穂
- 出版社/メーカー: 早川書房
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