国枝史郎の異世界を行く

 伝奇小説作家に分類されるであろう国枝史郎。その小説のなかの空間は幻美的だ。
その代表『神州纐纈城』を手に取るがいい。表題からして異様な香気を放つ。
「しんしゅうこうけつじょう」
 この書を紐解けば、瞬時にして戦国の世に没入する。武田信玄公のおわす甲府の条坊(街)にその物語りが始まる。
 武田二十四将土屋昌次の縁者、土屋庄三郎が深夜に手にした紅巾。あたかも血染めであるかのような妖しい真紅の布が発端だ。
 戦国時代であっても合戦や武勇談とは縁のない不思議な人間とその眷属、異類といってもいい、もつれ合い絡み合いが展開される。

 なかでも不思議は富士五湖本栖湖にある謎の城である。水城である。纐纈城の由来はこうなる。

山間に鉄の城がある。無数の人間が捕えられている。彼らは天井へ釣るされて締木で生血を絞られる。その血で布が染められる。……その城の名は纐纈城。その布の名は纐纈である

 なんと、宇治拾遺物語の一篇『慈覚大師纐纈城に入り給ふ事』がその起源だった。たしかに「宇治拾遺物語」の巻13にある。武宗の廃仏に直面した慈覚大師がとある屋敷に逃げ込んだら、そこが旅人の生血を絞る恐ろしい場所で、仏の助けで逃げ出したという逸話だ。

 幻想的な山中異界ゾーンが富士の広大な裾野にひろがっている。
 業病に蝕まれた異形の人と美男美女との相剋のストーリーには、中世的な残酷さと幻想美が現代風美文に様式化されているのだ。三島由紀夫が魅せられただけのことはある。


神州纐纈城 (河出文庫)

神州纐纈城 (河出文庫)