明治期の反抗的文化人の愛国心

 内村鑑三の『ヨブ記講演』において下のくだりに遭遇したとき、驚いた。

 今や北米合衆国は有色人種をくるしめて、明あきらかに国祖清教徒の自由平等の大信条に背いている。彼らはその優秀なる軍備を以て他国を屈服せしめ得るかも知れぬ。しかしながら彼らは明白に神の真理に背いて、果はたして安きを得るであろうか。彼らに向ってヨブ記のこの語を提示するとき、恐らく彼らは羞恥に顔を蔽おおうであろう。

 もちろん、内村鑑三が「2つのJ」をその思想的な拠り所にしていたのは知っていた。二つのJとはJapanとJesusである。だが、キリスト教者である内村が排日運動にかくも怒りを示したのは初めて知った次第。米国のクリスチャンとそれなりの紐帯があった内村鑑三をして、義憤を起こさせたのだ。一般の日本人たちも同様な感情を持ったとして何の不思議もない。

 ところで田中正造南方熊楠内村鑑三と同様なナショナリストであった。加藤陽子の『それでも、日本人は戦争をし選んだ』で田中正造日露戦争主戦論の例に挙っていたけれど、南方熊楠大英博物館の責任者の前で孫文に自分の夢はアジアから白人を駆逐することであると語った逸話がある。

 周知のように、足尾鉱毒事件で田中正造は財閥と結託した官僚たちに対して、谷中村の農民たちとともに共闘を組むのだ。だが、日本を立派な国家にするには農民たちを軽んじてはならないという、国土を蹂躙してはならないという信念があってことだろう。ところで田中正造は下野の農家を巡る旅のさなかに亡くなったが、そのつましい荷物に聖書があったという。内村鑑三との交流があったのだ。

 同じ明治期の河上肇の西欧紀行文である『祖国を顧みて』が強烈である。帰国後しばらくしてマルクス主義に転向するこの経済学者は、欧州にあっては優等人種を論じ、日本民族の血は尊いと論じていたのだから、一驚する。
 その代表作『貧乏物語』も西洋との競争社会である資本主義の軋轢で苦しむ人民たちへの同情からスタートしたのだろう。

 日本の権力機構とは一線を画するか、距離を置くかした、これらの明治期の行動的思想家たちは、いずれにせよ情熱的な民族主義者、あるいは愛国的な人民主義者たちだったのだ。
 何も反権力だからといって愛国者ではありえない、というのは誤解のもとだろう。
 現代人はナショナリズムとは無縁になっているが、こうした明治人たちが持っていた健全なる愛国主義者であったのだ。


祖国を顧みて―西欧紀行 (岩波文庫)

祖国を顧みて―西欧紀行 (岩波文庫)

  • 作者:河上 肇
  • 発売日: 2002/09/18
  • メディア: 文庫

ヨブ記講演 (岩波文庫)

ヨブ記講演 (岩波文庫)