阿仏尼は先駆的なオンナ

 『十六夜日記』は多くの人にとり、高校の古文でスレ違うことがあっただろう。
 中世の紀行文であり、阿仏尼というなんだか変わった名前の女性の手による文学史上の作品であることなどはウッスラと覚えておる向きもあろう。
 冷泉家という藤原定家を先祖の一人として誇る名家として現在まで続く、そうした歌道の家柄の属する女性であるというと、また、それはそれでシンパシーと驚きを感じるかもしれない。おまけに鎌倉には彼女の墓まで残る。

 以前のブログで13世紀に紀行文を残した個人名が残る女性は類まれな存在だと指摘した。京都から鎌倉までを息子の財産のための訴訟で旅して日記を書くのだ。訴訟そのものは勝訴にはならかったが、鎌倉に居を構えて粘ったようだ。ついに京と離れた鎌倉にて客死している。
 そうした日記文学紫式部和泉式部などまで遡るが、それにしても日々の出来事や情感を綴ることが、私小説という流れに連なり、ことのついでにブログやツイッターという形式に生きていることは確実であろう。他国に比してブログやツイッターの分量が多い民族という指摘があるのだ。
 そういう意味で、阿仏尼は始まりの時に生きており、その体験をつぶさに記録した稀有な女性なのだ、と思う。

 ブログと日記の親近性は明瞭だろう。日記文学の系譜だけで立派な研究になる。その関係者としてドナルド・キーンがいる。
 ドナルド・キーンは戦争中に兵士の書いた日記を解読して、それを情報部に提供していた。アメリカ人に比較して日本兵は死して大量の日記を残したのだ。
その一つの遺産といえる『百代の過客 日記にみる日本人』なる大作に結実している。


十六夜日記・夜の鶴 (講談社学術文庫)

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百代の過客 日記にみる日本人 (講談社学術文庫)

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