日本の中世世界は子孫たる現代のわれわれから、似ているようで異なり、分かるようで理解を拒絶する。
歴史家の名にふさわしい石母田正が描いた近畿の黒田庄の悪人どもの活躍を思い起こすことから始めよう。これらの悪人どもは東大寺の桎梏を脱してゆく。悪党となり荘園から独立して、やがては戦国大名になってゆく。
固定された身分などというものがなかったのが日本の中世だ。
放免という僧とも武士ともつかない者ども、犬神人という神社に属する奴、乞食はこつじきと呼ばれ聖と賎の境界をうろつく、なぜかポニーテールの牛飼い。
この犬神人の姿は『一遍上人聖絵』に描かれている。もののけ姫の側仕えたちはこの犬神人が参考になったようだ。なぜ、「犬」とつくかについて網野善彦は蔑称ではない深い意味があるとしている。
狛犬の存在と関わりがあるのかも知れない。
女性たちも近世より開放されていた。身分の固定はゆるく、貴賤の差はたやすく横超された。天皇のそばには遊女、白拍子、傀儡が屯していた。
行動も異質だ。悪口合戦という風習、礫投げという奇習などを挙げておく。
『戦国の作法』によれば戦国大名の合戦でさえ、この悪口に言い合いから始まるという。戦争前の敵国との宣伝合戦と同じといえばそれまでだが、相手を言い負かすことは神慮をはかる技でもあったようだ。
中世を区切る出来事として応仁の乱は大きな出来事であった。というのも内藤湖南が指摘したように、そこで律令制からの古代の制度は完全に瓦解し、伝統は一回断ち切られるからだ。古来からの書物は焼き払われる、それは時代の再生をもたらした。
これは、網野善彦は中世を境目に「文字文化」が変質したとしているとの説と考え合わせると面白い。中世文書の文字が即物的になっているのだ。
柳田国男は近世の村落は15世紀以降に成立したというのと奇妙な一致を示す。
こうして中世世界は異様な相貌を持って、我ら貧相な現代人に揺さぶりをかけてるのだ。
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