宮本武蔵が現代のアメリカ人にウケるのは何故か?

 江戸初期の剣豪、宮本武蔵の『五輪書』、英語名「The Book of Five Rings」は東洋の思想書として、アメリカでバツグンの知名度を誇る。
 本当であろうか?
 例えば、アマゾンの英語サイトで「The Book of Five Rings:A Classic Text on the Japanese Way of the Sword」のランキングは「20,237」位。東洋の古典、しかも封建時代の戦士の残した遺訓の売れ行きとは思えない。

The Book of Five Rings: A Classic Text on the Japanese Way of the Sword (Shambhala Library)

The Book of Five Rings: A Classic Text on the Japanese Way of the Sword (Shambhala Library)

 コメントは744件もある。そのコメントで最大評価を受けているもの一つの見出しは「Immediately Applicable and Relatable for anyone studying strategy or training themselves to find and leverage advantage in their」とある。
また、英語版のwiki "The Book of Five Rings”は図版はそれほど差がないけれど、説明テキストについては日本語版の「五輪書」コーナーの5倍くらいのヴォリュームだ。英語版は書物の摘要までしている。

 戦いに関する古典としては『孫子』の兵法書がある。兵法書という分野は『五輪書』と同じだ。でも、個人的見解では『孫子』の方がよほど価値があり、影響範囲も広いはずなのだ。実際、自分も『孫子』は奥深い古典だと思う。でも、現代のアメリカ人で『孫子』を引用して「兵法は奇道なり」といったりはしない。
 そのかわり、武蔵の「Do nothing which is of no use」(役に立たぬことをせざること)」を引用するのだ。生涯独立した個人としてのサムライ精神のあり方がアメリカ人には理解しやすいのだ。
 ましてや、西洋の戦術書の名著クラウゼヴィッツの『戦争論』などはビジネスマンが参照したりすることはメッタにない。より専門的かつ学術的となった軍事学は人生の指針にはなりえないのだろう。


 つまりは、現代社会でも宮本武蔵の教訓の価値は十分見合うものだとことだ。

 『五輪書』が出てくる現代アメリカの著名なコンテンツを二つ、揚げておこう。
コロンビア大学シーナ・アイエンガー教授の『選択の科学』の「白熱教室」に出てくる。巌流島の戦いの心理戦をケース・スタディとしているのだ。つまりは、社会心理学の良いサンプルなのだろう。
 もう一つはソフトウェア開発論『アジャイルソフトウェア開発』だ。この本のAPPNDIXに『五輪書』の説明が出てくる。この文脈で武士の兵法が出てくるのは意外でもなんでもないのかもしれない。
AGILE SAMURAIという用語が普通に使われているくらいなのだから。

 百戦錬磨で百戦百勝の一匹狼であった近世の戦士、もののふ。実在した剣豪。
 そうした独立独歩の個人として、人生の達人として真実をえぐる至言が、ビジネスシーンで闘う人びと、とりわけ個人の力量を重視するアメリカ人たちに共感を広げているのかもしれない。


五輪書 (講談社学術文庫)

五輪書 (講談社学術文庫)

選択の科学 コロンビア大学ビジネススクール特別講義 (文春文庫)

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アジャイルソフトウェア開発 (The Agile Software Development Series)

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アジャイルソフトウェア開発の奥義 第2版 オブジェクト指向開発の神髄と匠の技

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