神仏習合の始まりの件

 日本史上、最初に仏教に帰依したのは九州、宇佐の八幡神だ。聖武天皇の時代、8世紀の国家的事件だった。
 人びとが群れをなして八幡神を奉じて、九州より上京した。そして、当時竣工したばかりの奈良の大仏までやってきて、拝礼したのだ。
続日本紀』にでる歴史的事実だ。

 日本の神がどのようにして、その信仰を表明したのだろうか?
八幡神は巫女を依り代にしていた。その巫女の名も伝わる。「大神朝臣社女」おおみわあそんしゃめ
天平勝宝元年の11月に八幡神は託宣を下す。孝賢天皇も迎神使を出し、通過する国に触れを通達。奈良に神宮をつくる。聖武天皇は譲位して上皇になっていた。輿にのった八幡神東大寺に12月27日に天皇らとともに参拝する。
 以降、近江の多度の神も若狭の気多神も多くの神々が巫女の身体をかりて、仏教に帰依を表明していゆくのだ。

 八幡神は九州の軍神であるのにも関わらず、自己の罪障を恥て、生き物の殺生のアンチテーゼである放生会を含む祭りを営むようになる。八幡大菩薩の出現である。
 オマケにこの神様、「修行」もしだすのだ。山に登って一心に修行する神って、なんとも不思議な光景ではある。
 この流れは中世に入って「本地垂迹説」となって思想化&体系化するのだが、奈良時代の巫女シャーマンたちの実践が神仏習合の始点にあったことは確かだ。



八幡神とはなにか (角川ソフィア文庫)

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続日本紀(中) 全現代語訳 (講談社学術文庫)

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