『君の名は。』 神道的視点から

 新海誠監督のアニメ『君の名は。』(2016)は神道的な視点からも興味深い作品であった。
はじめに気づくのは、舞台や登場人物に「水」の関わりがある設定があることだ。
 なぜか隕石の落ちた跡は湖となっている。主人公たちの通う高校は湖を見下ろす場所にある。祭りの場所となる、宮水神社もそうだ。
 主人公たちの名は水に由来する。男子高校生である立花瀧(たき)、そして女子高校生である宮水三葉(みつは)。とりわけ、「みつは」は「水葉」とも書け、記紀にある「水葉稚之出居神」と関係する。類縁のある「みぬま」は出雲風土記にも出てくる。「みつは」は「毎年の禊」に関わる言葉だとされる。日本書紀にある罔象女神(オカノミツハノメ)とつらなる。
 つまりは、神女の流れを汲む「水の女」がこの「みつは」には込められている。

 宮水神社の巫女である宮水三葉は多重的な水の女=神に使える女であるかのようだ。ちなみに、宮水神社の神事で三葉と四葉の姉妹が舞を奉納するシーンはこのアニメのCLIMAXシーンの一つだった。

 そして、20世紀に降臨した古代学者の折口信夫は『水の女』にこう記している。

 「ひも」の神秘をとり扱う神女は、条件的に「神の嫁」の資格を持たねばならなかったのである。みづのをひもを解くことがただちに、紐主にまかれることではない。一番親しく、神の身に近づく聖職に備そなわるのは、最高の神女である。しかも尊体の深い秘密に触れる役目である。みづのをひもを解き、また結ぶ神事があったのである。

 彼が説く「みづのをひも」もアニメの重要な仕掛け、組紐に連なる。そして、映画のキーワードである「むすび」に重なることになる。この紐結びが時間と空間を超えて、二人を結ぶことになる。
 「むすび」は「結び神=産霊神」に関わる。むすびは「むすひ」とも言い、造化の神タカミムスビカミムスビがその神名であろう。
 二人を再会させる「赤い糸」は運命の赤い糸と通俗的に見ることもできるが、「みづのをひも」と見立てた方が面白いかもしれない。それはアニメで一瞬描かれたように「へその緒」であり、血と水の繋がりを暗示しているのだ。
 巫女に醸された「口噛み酒」も、また、神道的解釈を許す。この酒は水の中へ霊魂を入れ込めた聖なる水であり、主人公たちの体の中に入れるというのが産霊の技法となっている。そうそう、宮水神社の「ご神体」である磐座の在り処は沼に取り巻かれていた。降りしきる雨のなか、立花瀧はその沼を超えて、濡れそぼるという「禊(みそぎ)」を行うことで、宮水三葉の霊魂と通底しあうことができた。
 そして、むすびの神のパワーが起きてしまった悲劇の時間と空間を転倒させるのだ。

 自分も都内の「聖地」の一つを訪れた。主人公たちがすれ違う運命の階段だ。四谷の須賀神社の坂がそうだとされている。
 ウレシハズカシ聖地詣でであります。

 いまどき、「聖地巡礼」なるアニメのご当地めぐりが観光の駆動力となってきた。この現象も中世の「語りもの」伝統の再興と思える。この国には『神道集』なる語り部たちの口承文学が残る。その口承をつうじて民衆は遥かな神々の顕現の地に引き寄せられてきた。
 その典型である甲賀三郎伝説にあるように神社の起源(この場合、諏訪大社だ。諏訪湖がアニメの湖のモデルでもあった)を放浪の語り部が人びとに伝え、その聖地をめざして参詣をする、そんな図式が現代に再臨している。聖地巡礼の考察についてはこちらのブログをも読まれたい。
 日本だけではなく、台湾やタイのアニメファンまでも聖地巡礼が拡がると聞く。
 中世の廻国巡礼に似た動機づけがアニメという現代的な語りを介して、人びとを動かしているのだ。

【参考文献】
 主に二つの文献が論拠となる。これらは「青空文庫」でも読める。

水の女(ゴマブックス大活字シリーズ)

水の女(ゴマブックス大活字シリーズ)

霊魂の話(ゴマブックス大活字シリーズ)

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宗教とツーリズム―聖なるものの変容と持続―

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【四谷須賀神社のMAP】