年初から二日酔いである。よって千鳥足で足柄山の件をまとめてみたい。
東国が大和政権に意識されるのは、日本武尊の伝説からだろうか。『古事記』で足柄峠において日本武尊は山の神の化身と遭遇する。
悉く惡い蝦夷どもを平らげ、また山河の惡い神たちを平定して、還つてお上りになる時に、足柄の坂本に到つて食物をおあがりになる時に、その坂の神が白い鹿になつて參りました。そこで召し上り殘りのヒルの片端かたはしをもつてお打ちになりましたところ、その目にあたつて打ち殺されました。
乱暴にも白い鹿を打ち殺しておいて、歎くのだ。坂の神であると書かれているのに注意しよう。
足軽(あしがる)山は、この山の杉の木をとって舟を作ると、舟足の軽いことは他の材木でつくった舟とは違っている。それであしからの山とつけた。
相模の国の逸文の一つである。酒匂川の流域でここの杉は用材として古代にはよく伐り出されたのだろう(伐採地から海までの距離が短いし、川を利用できるのだ)
それで万葉の時代から「杉」はよく足柄山のネタとなった。同様に駿河から関東への関門であり、足柄の坂ごえはそうとうに難儀であり、畏怖を覚えさせる土地であったようだ。
足柄の 御坂に立して 袖振らば 家なる妹は さやに見もかも
東歌では足柄の頻度は高い。その為、旅人の宿のような村もできていたようだ。民謡も足柄うたと称されるものが生まれていた。杉の切り出しで生計をたてることも出来たからだろう。
足柄峠を街道筋とする交通路は802年(延暦21年)の富士山の噴火で閉ざされた。しかしながら、平安時代には復旧している。
そして、平安朝の女流日記文学の代表作である『更級日記』である。書かれているのは11世紀である。足柄山の不思議はここでピークとなる。
作者の少女時代。京へ上る旅で足柄峠を越えるその夜に、三人の遊女が宿を訪れる場面だ。
足柄山といふは、四五日かねて、おそろしげにくらがりわたれり。やうやう入りたつ麓のほ
どだに、そらのけしき、はかばかしくも見えず。えもいはずしげりわたりて、いとおそろし
げなり。麓にやどりたるに、月もなく、くらき夜の、やみにまどふやうなるに、あそび二人、いづくよりともなく出で来たり。五十ばかりなるひとり、二十ばかりなる、十四五なるとあ
り。
庵のまへに、からかさをささせてすゑたり。をのこども火をともして見れば、むかし、
こはたといひけむが孫といふ。かみいとながく、ひたひいとよくかかりて、色しろく、きた
なげなくて、さてもありぬべき下仕などにてもありぬべしなど、人々あはれがるに、こゑす
べて似るものなく、そらにすみのぼりて、めでたく歌をうたふ。
人々いみじうあはれがりて、けぢかくて、人々もて興ずるに、「西国のあそびは、えかからじ」などいふをききて、「なにはわたりにくらぶれば」と、めでたくうたひたり。見るめの、いときたなげなきに、こゑさへ似るものなくうたひて、さばかりおそろしげなる山中にたちてゆくを、人々あかず思ひてみな泣くを、をさなきここちには、ましてこのやどりをたたむことさへあかずおぼゆ。
このきたなげない遊女たちは、足柄明神の巫女の末裔であろうか。そう問いかけるのは折口信夫である。山の神に仕える巫女たちは遊女でもありえた。
そして、金太郎伝説に行き着くのだ。
坂田公時がモデルとされるので、金太郎伝説はそれ以降に生まれたのだろう。12世紀の今昔物語集や古今著聞集に登場する。
折口信夫の指摘をここで参照する。
足柄明神の神遊びは、 東遊 ( アヅマアソ ) びの基礎になつた様です。此神遊びを舞ふ巫女が、足柄の山姥です。神を育てるものとの信仰が残つて、坂田金時の母だとされてゐます。
遊女は山姥にもなりかわる。化外の地の異能の民は足柄山に住まったのだろう。
現地には金太郎伝説の土地もあるが、ここでは「遊女の滝」があることを添えておこう。
鎌倉時代になると巫女ではなく、後世の遊び女としての遊女が紀行文に記録されている。
『海道記』にはこうある。宿場町の光景である。
開下在クヲ過レハ、宅ヲ双フル住民ハ、人ヲヤトシテ主トシ、窓一ウタフ君女ハ、客ヲ留テ夫トス
足柄は近世でも柳田国男の注意を惹く事件の現場になる。山地づたいに山の民が移動する、その起点でもありえた。
『山の人生』から引用しておこう。
その一人は例のサンカの児で、相州の足柄で親に棄 てられ、甲州から 木曾の山を通って、名古屋まできて警察の保護を受けることになった。
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足柄関 万葉公園の近辺に「遊女の滝」がある。