ヒトラーの最期と世界征服の夢

 独裁者の最期はかくあるべきもの、その典型がアドルフ・ヒトラーのそれであろう。
ベルリン破壊をもたらしつつ、この世を去った独裁者は「世界の半分を滅亡の道連れにする」という自己中心的な中二病でもあった。
 最近になりヒトラーの最期が映画になったことがあったが、かつてのアジア的専制君主が落城でどう振る舞うかの良いモデルになっている。
忠誠を誓った同志・軍人が続々と裏切り、投降する。SS処刑部隊が乱脈を尽くし、見境なく裁いて銃殺する。独裁者の末路には混乱と阿鼻叫喚が伴うのだ。
 首相官邸の大地下要塞で繰り広げられる死を目前にした狂言と断末魔の人間模様は、非人間性の極北であるヒトラーの末期の舞台にふさわしいものだった。

 そもそも世界征服なるものが20世紀に蔓延する大元はレーシズム(人種差別)にあった。
劣等人種を支配すべき優良人種=アーリア人種であるという妄想がゲルマン民族復興と結びついて、ナチズムを生み出した。
 早い話が、黄色人種も被支配種族とみなしているのだ。『我が闘争』に表明されているのは有名だ。ついでながら、イギリスで猖獗していた社会ダーウィニズムもそれに近い疑似科学であった。

 ナチ・ドイツと三国同盟を結んだ日本は、この意味でも愚かな決断をした。当時、国際的に孤立化していたとはいえ、このような選択は日本の古くからの主張を裏切ることとなる。なぜ、独のレーシズムの頑迷さを見抜けなかったのだろう?

 そもそも第一次世界大戦終了後の1919年。パリ講和会議で「人種差別撤廃」を国際連盟の規約に盛り込むことを主張したのは日本だったのだ。

「各国均等の主義は国際連盟の基本的綱領なるに依り(中略)、連盟員たる一切の外国人に対し均等公正の待遇を与え人種或は国籍如何に依り法律上或いは事実上何等差別を設けざることを約す」

 理念は立派であったけど、交渉は失敗に帰した。
 第二次世界大戦中の「五族協和」はスローガンとしては、基本的にはアンチ・レーシズムだった。皇民化政策だって大和民族のもとへの一体化を目指したのだから、原理的にはアンチ・レーシズムだったのだ。白人帝国主義に立ち向かうには大和民族主義しかないという、かなり無理な主張だが、ナチの実施した劣等民族の根絶とは無縁な政策だろう。

 ユダヤ人弾圧をするナチ・ドイツに対して、日本の誰も違和感を持たなかったわけではない。あの杉浦千畝がいたし、陸軍では河豚計画なるものがありユダヤ人国家設立を画策したりもしている。それも三国同盟で形無しとはなったが、「猶太人対策要綱」で公正な対応をしようとしている。

1.現在日、満、支に居住する猶太人に対しては他国人と同様公正に取扱い、之を特別に排斥するが如き処置に出ずることなし
2.新あらたに日、満、支に渡来する猶太人に対しては一般に外国人入国取締規則の範囲内に於て公正に処置す
3.猶太人を積極的に日、満、支に招致するが如きは之を避く、但し資本家、技術家の如き特に利用価値のあるものはこの限りにあらず

 しかし、かつての盟友エルンスト・レーム一派をギャングもどきのやり方で粛清するような暴虐政治集団と同盟だなんて、日本政府上層部や軍部の識見が問われるのではないかね。2.26を起こしていたのだから、盲目となっていたのだろうか。

 優良人種なる妄想は、しかし、第二次世界大戦により崩壊に追い込まれてゆく。アジアにおける帝国主義的支配は戦後、急速に消滅するからだ。日本の敗戦の副産物であるのは明白だろう。
 あまつさえソ連共産主義中国の台頭は、西洋列強とアメリカの覇権を崩した。
 ついでながら、富の移転も日本が先鞭をつけた。欧米からアジアへのマネーの逆流が20世紀後半に始まるのだ。

 こうしてレーシズムは現実的基盤を喪失する。「支配種族」は20世紀前半までの馬鹿げた擬似イデオロギーでしかなかったのだ。狂えるナチズムがその象徴となり、それとともに世界支配なるものも虚しい幻想になる。別な物語であるが、夜郎自大主義のアメリカの幻想も、同じ時期に大きく目減りするのである。


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