大工や職人の間には太子信仰が伝統的な信心であるという。各地の太子堂や太子講はその名残りであります。取り分けても太子講は大工,左官、鍛冶屋,屋根葺き,桶屋など建築関係者によって組織されていたようです。
それというのも四天王寺に始まる寺院建築で聖徳太子が渡来人の職能民の保護者であったから、だと考えられます。太子が創建した四天王寺は仏教興隆の原点ともいえます。仏教の敵対者である物部守屋を打ち負かすその誓願の現物なのでした。
株式会社金剛組が大阪の四天王寺の門前にありますが、百済より招かれた3人の宮大工(金剛、早水、永路)のうちの1人である金剛重光により創業者で、世界最古の株式会社とされています。
太子の側近として活躍した秦河勝も渡来人(中国本土もしくは朝鮮半島からの)ですが、その一族には商人や職人が多く含まれいました。神奈川の秦野のように秦氏は全国に拠点を持っていたようです。
聖徳太子非実在説がありますが、厩戸王子は存在しています。日本最古の伝記『上宮聖徳法王帝説』は信ぴょう性の高い典籍とされていますが、聖徳太子の伝記なのです。
日本の職能民が皇族との縁故を標榜して、そのギルドのシンボルとしたことは網野善彦なども強調しています。ヨーロッパでは貴族が保護したりますが、職能民の系統的な縁故や保護者ではありません。天皇家の伝統的な強さというのは、こうした異業種の民との直接的な関係性が伏在している点にあるかもしれませんね。
さらに、四天王寺は不可触賤民のたまり場になってゆくのは太子信仰と切り離せない現象です。ガンジーさんが神の子(ハリジャン)と呼んだ人びとこそ聖性と紙一重の存在なのですね。
太子と賤民の関わりが史実として記載されているのが、『日本書紀』の片岡山逸話であります。
級照る 片岡山に 飯に飢て 臥せる 彼の旅人あはれ 親無に 汝生りけめや 剌竹の 君はや無き 飯に飢て 臥せる 彼の旅人あはれ
亀井勝一郎のまとめによるならば、
太子は片岡山においでになった折、道のほとりに飢えた者が臥しているのを御覧になって、親しく姓名を問われたが、答える気力もない。そこで太子は飲食を与え、また自らの衣をぬがれて、これを飢えた者の上に覆い、安く臥せよと申されて、さきの歌をよまれたというのである。
ここから太子こそが衆生をあまねく救う慈悲の生き仏とする伝承まではそう遠くはない。後世には太子ゆかりの四天王寺を聖地とみなすようになるであろう。
そして、ハンセン病患者の生きる場として、中世の説経節の舞台ともなってゆくわけです。小栗判官でも土車にのさられて餓鬼同然となった主人公が行き着く先は天王寺です。
話は変わって、足利義満や織田信長が天皇家を乗っ取ろうと画策したという説がありますが、いずれも失敗に終わったのは確かです。偽書である『未来記』も太子の著作とされてます。聖徳太子の未来予言の書として『太平記』にも出ていますね。
ちなみに、近松門左衛門の『用明天皇職人鑑』なる人形浄瑠璃がありますが、聖徳太子の父君に関連して、職人の名を担ぎ出しています。
大阪の金剛組の所在地。門前まで表敬訪問はした。
【参考資料】
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