異界への扉を開こうとしたクリアーノと桂芳樹に瞑目

 『異界への旅 世界のシャーマニズムから臨死体験まで』の著者のクリアーノは宗教学者エリアーデの高弟。

 亡き師の後を継いで間もなくチャウシエスク政権関係者によりシカゴ大学構内で射殺された。

 今から30年前の1991年のことだ。働き盛りになろうとした宗教学者の早すぎる死はアメリカ社会の行きつく先を予兆していたのですな。

 『霊魂離脱とグノーシス』などいくつかの著書が紹介されているが、本書は門外漢にも親しみやすい内容だろう。
 ギルガメッシュ神話、羽化登仙、シャーマン、ヒントンとボルヘスグノーシス主義死者の書、黙示録など古今東西の「魂の旅」の航跡を辿り、その埋もれた「普遍性」を明証しようとする。
 おそらく疑似科学語り部たちは衰え果てた末裔というべきなのだ。彼らの追随者たちやビリーバも現代社会から喪われた神話や「物語り」を求めているのだ。

 現代人、とりわけ先進国の市民たちはひたすら矮小化している。近未来と卑近なリアルが彼ら(我らでもある)の主要な関心事である。自分たちの安寧秩序の維持であたまの中がイッパイだ。

 もっと精神的かつ物理的な多元性と多様性を追求する、それがエリアーデやクリアーノや桂芳樹などのメッセージのひとつであったと思うのだ。

 「多様性のなかの統一」を追求する果敢な試みは宗教的にも思想的にも閉塞している現代人の心にも響くものがある。
 埋もれているのは現代人の魂の方で、前世紀&全盛期のクリアーノの立場の方が高みにあったであろうと感じさせてくれる貴重な書物である。
 桂芳樹氏の最後の訳業ともなった本書はその真価を味わえる人たちへの貴重な遺産となったといえる。
 遅まきながら、著者と訳者に瞑目しよう。