自販機SF出来損ない

営業マンの山中平太は押し付けらた金魚鉢をもって帰宅した。

「また、飲んできたのね」とお帰りなさいもなしに妻の沙苗に一言

「金魚なんか持ちこまれても困るじゃない」

 

「四つ角のところで、自販機の奴に押し売りされたんだ」

こんな言い訳は妻には通用しない。

「そんなことだから、営業成績が伸びないの!」沙苗は一喝した。

「でも可愛いじゃないか」と狭い空間でヒラヒラ泳ぐ金魚を山中平太は愛おしんだ。

 

 プロの営業マンが機械に売り込まれて負けるのには、わけがある。

 自動販売機は日本のお家芸であった。その技は21世紀に入り、ますます磨きが

かかった。ビッグデータと個人プロファイリングを駆使して、自販機の販売力は飛躍的に伸びた。

 誰がどのような潜在ニーズを持っているかを本人以上に知り尽くしているのだ。

それに加えて、共感型擬似ニューロンを備え付けた自販機たちは、自走権を獲得した。

 運輸省はその管轄領域を広げるために消費財メーカーと組んで自販機たちが

路上ならばどこでも移動できる能力と権利を与えたのだ。

 経済産業省もその経済的な底力に目をつけ、エリート官僚が画策したのが、高機能自販機の独立法人化である。発注と仕入れから販売となんでもこなす知力を持たせるのは容易だ。

自販機一台の経営はこなせる蟻ほどの大きさの昆虫脳を館山農業大の昆虫博士が開発した。

機械なので休む必要もない。人間のように無駄な経費も不要なのでどの自販機法人も

税引き後の収益は黒字だ。

 日本のGDP増加と赤字財政を圧縮に貢献したことは言うまでもない。

 農林省も自販機法人を後押しした。農地を所有することを自販機たちに許したのである。

農業は産業ロボットたちの職場になっていたが、その産地直送の農産物はいまや個人宅まで収穫したその日のうちに届くようになった。

 卸売市場は不要となり、農作物は自販機が仕入れをAIクラウド、モグリアグリ農の指示通りの価格と数量を買い付けるのだ。

 自販機たちの扱う商品は5000種類以上になる。日用品はほとんどすべて、扱える。

 山中が金魚たちにも取れている間に、チャイムがなった。荷物受けには金魚の餌やウォーターポンプなどの詰め合わせが入っていた。

 注文する前に商品は届くのだ。返品やクレームとなることはほとんどない。

 

 山中は不機嫌な妻と顔つき合わせるのも嫌なので、酔ざましに夜の散歩に出た。

街なかを颯爽と、しかも静粛に走り抜けてゆくのは、自走自販機たちだ。夜に活動するのは

自販機とネズミくらいのものだ。