世界文化遺産候補「宗像・沖ノ島」というニュースが駆けめぐっている。まことにもって、海の正倉院の価値にふさわしい。
なにしろ、千年以上もの間、古代的な祭儀がこの辺境で持続していたこと。その神聖な遺物が手付かずのまま現在まで守られ、伝えられ、残されているのであります。
この禁断の島での祭儀は『古事記』の最大の事件の一つがモチーフとなっているのは、歴史学や民俗学の定説になっている。神話がただの言い伝えや書物ではなく、最近まで信仰として生きていたのだ。
エリアーデを援用して、もう少し詳しく書く(意味がわからんと指摘があったので)
祭儀というのは祖型を反復するものである。始まりの状態に戻すための再活性化の行為である。とくに古代人というのはエリアーデによると
人間ならざるある他者によって実行され、生活された行為をしか承認しないのである。その為すところのものは、すでに以前になされたことでなければならぬ。その生活は他者によって創められたわざの無限のくり返しなのである。
沖ノ島の祭儀場の跡はまさに手付かずのままに儀式の用具と捧げ物があった、昨日のままにあったということなのだ。
そして、それが『古事記』の有名な場面に比定されているのだ。
素戔嗚(スサノオ)と天照大神(アマテラスオオミカミ)と誓約(ウケイ)である。
その名場面を青空文庫から引用しておくとしよう。
天照らす大神が驚かれて、「わたしの弟が天に上つて來られるわけは立派な心で來るのではありますまい。わたしの國を奪おうと思つておられるのかも知れない」と仰せられて、髮をお解きになり、左右に分けて耳のところに輪にお纏まきになり、その左右の髮の輪にも、頭に戴かれる鬘かずらにも、左右の御手にも、皆大きな勾玉まがたまの澤山ついている玉の緒を纏持たれて、背には矢が千本も入る靱ゆぎを負われ、胸にも五百本入りの靱をつけ、また威勢のよい音を立てる鞆ともをお帶びになり、弓を振り立てて力強く大庭をお踏みつけになり、泡雪あわゆきのように大地を蹴散らかして勢いよく叫びの聲をお擧げになつて待ち問われるのには、「どういうわけで上のぼつて來こられたか」とお尋ねになりました。そこでスサノヲの命の申されるには、「わたくしは穢ない心はございません。ただ父上の仰せでわたくしが哭きわめいていることをお尋ねになりましたから、わたくしは母上の國に行きたいと思つて泣いておりますと申しましたところ、父上はそれではこの國に住んではならないと仰せられて追い拂いましたのでお暇乞いに參りました。變つた心は持つておりません」と申されました。
この誓約の事件を定期的に反復していたのが沖ノ島の神事なのだ。
沖ノ島遺跡の有り様の独自性は無疵に近しい古代遺跡と古代大和民族の神話が一体的に伝承保存されてきた、その希少性にあるのだと感じるのは自分だけではあるまい。
政治的に言うとこうなのだろう。
朝鮮半島から渡ってきた渡来人の神である素戔嗚と日本列島の統治者のシンボルである天照大神の対決と融和のシーンである。これを古代人たちは多大なエネルギーと時間を費やして何世紀かの間、沖ノ島で演じ続けていたのだ。
現代人からすると祭礼にここまで大きな努力を払うことが理解できなくなっている。
そして、全国津々浦々に祀られておる三柱の女神もここで誕生するのだ。
ウケイの結果、生まれたのが宗像三女神というわけですな。古事記の表現ではこうなる。
この女神たちは海人たちの神々である。後には平家の崇拝を受けることになる。さらには星野之宣の代表作『宗像教授シリーズ』にも登場するわけだ。
「誓約ちかいを立てて子を生みましよう」と申されました。よつて天のヤスの河を中に置いて誓約ちかいを立てる時に、天照らす大神はまずスサノヲの命の佩はいている長い劒をお取りになつて三段に打うち折つて、音もさらさらと天の眞名井まないの水で滌そそいで囓かみに囓かんで吹き棄てる息の霧の中からあらわれた神の名はタギリヒメの命またの名はオキツシマ姫の命でした。次にイチキシマヒメの命またの名はサヨリビメの命、次にタギツヒメの命のお三方でした。
つまり、古代人にとっての宝ともいうべき勾玉や鏡、剣などが大量に残されているのだが、沖ノ島祭場は単なる貴重な遺物の置き場ではないのだ。現代日本人の古代性残存の象徴というべきなのだ。
それは国家祭儀だったとされている。平和のための外交儀礼でもあったとすれば物議を醸す靖国参拝よりは国際秩序安寧の神道の流儀もありうることを示している。
【参考資料】
禁断の島、言わずの島の祭儀場の遺物からのウケイの心象風景の再構成は益田勝実の名著『秘儀の島』をあたってみられよ。
益田勝実の仕事〈4〉秘儀の島・神の日本的性格・古代人の心情ほか (ちくま学芸文庫)
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エリアーデの宗教学的見地のほうが現代人には理解しやすいかもしれない。
理屈っぽい自分にはそうだあったように。
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