スティーヴンソンの語りの魅力

 小説家ロバート・L・スティーヴンソン(1850-1894)は、もはや『ジキルとハイド』『宝島』くらいしか読まれておらず、残りははい、オシマイ。
そんな扱いを受けている。多分、文庫や小中学生向けの名作集ですら同様であろう。
 しかしながら、あの驚くべき読み手であるボルヘスに偏愛されている天性のストーリーテラーだ。その幾多の作品は諸氏の味読を待っている。
 例えば『マークハイム』という犯罪小説は犯罪者の心理だけでなく、悔悛にいたる感動的な転回の物語でもある。それをわずか数頁に詰め込んだ名作だ。

 見過ごされがちな『水車小屋のウィル』もそのみずみずしい感性とエンディングの鮮やかさは感嘆符をいくつつけてもいいくらいだ。

 ウィルに「死」が訪れ、淡々と死と会話するシーンもそこはかとない哀感が魅惑的だ。

「わたしの腕に寄りかかりなさい。あなたの力はもう衰えているのです。 いくらでもわたしに寄りかかりなさい。わたしは老いてはいるが、それでも力は強いのです。わたしの馬車まではんの二、三歩です。そうすれば、あなたの苦労は、いっさい終わるのです。ねえ、ウイルさん」
見知らぬ男は続けた。
「わたしは、あなたを実の息子のように思いヽ続けて来たのですよ。また、わたしがながい生涯の間、迎えに来た人びとの中で、あなたを迎えに来たときほどうれしかったことはありません.わたしは辛辣なところを持っているのでしょう。ときどき、 一日で人びとに嫌われるのですが、あなたのような人には心の底から親しみを覚えるのです」
 ウイルは答えた。
「マージョルーが逝ってから、神に誓って申しますが、あなたこそ、わたしが待ち望んでいたただ一人の友でした」


 いかんせん我らは彼の小説(翻訳もの)を簡単には入手しづらくなっている。

『旅は驢馬をつれて』『プリンス・オットー』『バラントレーの若殿』『南海千一夜物語』『二つの薔薇』はそれでも読んだ記憶がある。
 でも、ボルヘスが推薦していた『誘拐されて』は未読だ。


水車小屋のウィル

水車小屋のウィル

新編バベルの図書館〈2〉イギリス編(1)

新編バベルの図書館〈2〉イギリス編(1)