中勘助と島ごもり

 ロングセラーとして知られる『銀の匙』は主人公の幼少時の思い出を味わい深く綴った好著だ。癖のない文体でノスタルジックな情感を伝えるその人柄の特徴はその小説には刻まれていない。確かに著者である中勘助のことはあまり知られていない。

 彼は28歳の時、長野県の野尻湖の孤島に篭った。実の妹が重篤となってもそこから動かなかったというから、相当の嫌世感に侵されていたのだと思う。
 周辺では安倍良成が藤村操(華厳の滝からの自殺で有名な大学生)の妹と結婚したり、親友の山田又吉が中勘助の実家で自殺したりしている。大正初期に青年たちは悩んでいたのだろう。残念ながら彼の随筆『島守』は未読であるが。

 それにしても野尻湖の孤島とはねえ。地図では琵琶島という島が確かにある。



犬―他一篇 (岩波文庫)

犬―他一篇 (岩波文庫)