特攻隊と西洋人

 神風特攻隊はいまだにアメリカ人には理解を絶した行為であり、その衝撃の余韻は9.11をKAMIKAZE ATTACKと連呼するほどに残っていた。彼らからすれば、非人道的かつアンフェアで常軌を逸した行為にしかみえないのは想像できる。
 確かに、西洋文明にはそうであろう。
 では、当の日本人はどうか?
 現代のアメリカナイズした日本人ですら鹿児島県は知覧にある若者の手記や写真を見て涙しない人、慨嘆しない人は少ない。その心情と行為の純なることをこよなく評価する人も多いであろう。軍国主義の非人間性はそこでは不問に付される。

 あのひねくれた坂口安吾ですら「特攻隊に捧ぐ」でその死にザクラの見事さを称える文をものしているのだ。しかも、このように言い切っている。

私はだいたい、戦法としても特攻隊というものが好きであった。人は特攻隊を残酷だというが、残酷なのは戦争自体で、戦争となった以上はあらゆる智能方策を傾けて戦う以外に仕方がない。特攻隊よりも遥はるかにみじめに、あの平野、あの海辺、あのジャングルに、まるで泥人形のようにバタバタ死んだ何百万の兵隊があるのだ。戦争は呪のろうべし、憎むべし。再び犯すべからず。その戦争の中で、然しかし、特攻隊はともかく可憐な花であったと私は思う。

 ところで教養ある西洋人の模範とする古典期ギリシア文明には、神風特攻隊に似た思想があった。愛国の戦士を著しく賛美するポリス(都市国家)の存在だ。
 それを史書として最初に意思表示したのが、歴史の父ヘロドトスだろう。俗にソロンの知恵という。あのリディアの王クロイソスを死に際から救った「ソロンよソロン」の逸話である。
 元々はソロンがこの短慮の王クロイソスにこの世の栄華より、救国的な死の迎え方、日本流にいえば、死に際の鮮やかさを何よりも「幸福なる生」として諭したことに由来する。

 松平千秋の訳を略し引用しておこう。

 クロイソスは賢者の令名高いソロンに問いかける。
アテナイの客人よ、....そなたは誰かこの世界で一番仕合せな人間に遭われたか」
「王よ、アテナイのテロスがさような人物であろうと存じます」
クロイソスは驚いて理由を訊ねた。
「そなたは一体どういう点で、そのテロスなる者が最も仕合せな人間というのか」
「...その死に際がまた実に見事なものでございました。アテナイが隣国とエレシウスで戦いました折、テロスは味方の救援に赴き、敵を敗走せしめた後、見事な戦死を遂げたのでございます」

自滅的な敵側の殲滅とは別物かもしれないが、少なくともポリス=国を守るための自己犠牲という点では等質であろう。
 詳しくは当の史書を読んでもらうとして、要するに、ヘロドトス&ソロンは二重の意味で愛国の死を讃えたといえる。これはソクラテスプラトンにあっても共通のコトワリであった。
 そのひそみに倣うならば、特攻隊隊員の死に際の鮮やかさは、古代ギリシア人が賛美するであろうような行為であったと思うのだが、いかがであろう。

 2003年(平成15年)12月から2009年(平成21年)2月までイラク自衛隊が進駐していたが、その長い期間に戦闘での死傷者を一人も出さなかった。
 サマーワの奇談というべきだろうが、これを戦後の日本の平和的な貢献のおかげとしてしまう、あるいは自衛隊は(武装しているのに)平和の使節だったからというのは、大きな過ちだ。
 その背景にあるのが、反米的なイスラム戦士たちが、特攻隊の史実を知っていたことが挙げられる。彼らは日本の神風特攻隊にこよなく共感していたのだという。それを是とするか不是とするかはここでは問わない。

 ここで言いたいことは、ほぼ一世紀たったKAMIKAZEアタック、それが忠臣蔵とならび、その散華の鮮烈さが世界史的に際立つものであったことだ。


歴史 上 (岩波文庫 青 405-1)

歴史 上 (岩波文庫 青 405-1)