ボルヘスの後にはボルヘスなく、ボルヘスの前にもボルヘスはおらず

 つまるところ、すぐれた書物が自律的な宇宙を形成していることを余すことなく告げた預言者ボルヘスただ一人であった。
それは最近、文庫化された『語るボルヘス』でも再確認できる。
 「書物」「不死性」「探偵小説」「スウェデンボルグ」「時間」の五つのタイトルでの市民向け講話を再録した掌編であるが、いずれも珠玉の逸品というべきだろう。

 それは20世紀の文化の高みからの人類精神の眺望を伝えるドキュメントである。
とくに、「時間」が逸品である。80歳になんなんとするボルヘスが人びとに
「時間とは永遠からの贈り物である」
と教え諭す姿は、透徹した知の賢者の姿と二重写しとなる。
 今の世の中、こうした文化人は、その痕跡もなくなってしまった。

 イオニアの哲学者ヘラクレイトスの名言「人は同じ川に二度と入れない」の真の意味を幾度となく吟味させてもくれる。川は嫋やかに流れるから人が浸かりもする。その流れが一度に与えられたとすれば、人は溺れる。
 現在とはヘラクレイトスの言う流れの一断面なのかもしれない。
ボルヘスらしい名言もここにある。「記憶の大部分は忘却によって作られている」
「記憶の人フネス」の作者らしい指摘だ。
 とすれば、書物の世界も記憶と忘却で編み上げらた織物になって個人の性格の一部となるはずだ。類まれなる読書人の王であったボルヘスは、忘却の効用を体得していたのだ。
 だからこそ、語りのなかで忘却に磨き上げらたメッセージを後世に託しえたのだ。

あー、そう言えば、ボルヘスカタルーニャ語を駆使したというのだが、本当だろうか?



おそらく「7つの夜」の講演の一つ。英語で語ったくれている。