日本精神古層の三人の欧州女性研究者

 20世紀に我が国は三人の傑出した古層精神の研究者を持った。いずれも女性である。カルメン・ブラッカー女史(英国)、マリ・アンヌ・ブッシイ女史(仏国)、ネリー・ナウマン女史(独国)である。
 このお三方は、日本の古代や近代における巫女と山の神(女神)に関して、極めて深い追求を成し遂げていることに、共通性があると自分は思う。

 日本人による研究者は得てして深いところを専門的に探求するので、一般市民には理解し難い内容になりがちとなる。外国ピープルはそこのところが違う。自国の市民に紹介することが主眼になるので、包括的なところをわかりやすく要約している。現代日本との関係、現代文化との関係などが知らされることになる。
 また、こんな所が着眼点なのかという他者視点の面白さもあるわけだ。
 一人ずつ、その研究を紐解いてみよう。

 カルメン・ブラッカーはイギリス人の民間信仰研究者。ロンドン大学でアーサー・ウェイリーのもとで学ぶ。円覚寺鈴木大拙の指導で参禅したこともあるそうだ。
 日本ではもっぱら、秋山さと子訳の名著『あずさ弓』で知られる。新興宗教団体から修験道のような伝統的修行の実態をフィールドワークしている。民間信仰といった場合、神道もしくは修験道のような神仏習合が取り扱われることになる。
 近代日本のハザマに活動する巫女や行者、新興宗教のカリスマたちを丹念にドキュメント化し、異なる精神界の眺望を我ら、現代人に提供してくれた。

 多分、これほど幅広く近代日本の民衆の信仰の精神圏を解き明かした書は少ないと思う。その多様性や異世界性は30年前の自分には驚きであった。

 ネリー・ナウマンは苦労人である。混乱期のドイツで日本の考古的遺物の異界性に興味を持ち、ドイツにおける中国考古学神話学の方法論で縄文文化あるいは縄文時代の信仰について幾多の刺激的な論考を発表した。
 とくに「山の神」や「なきちさちる神」といった日本神話や民間信仰に通底するシンボリズムを遺跡や遺物から取り出す技は新たなる開眼を呼び覚ます。

哭きいさちる神・スサノオ 生と死の日本神話像―ネリー・ナウマン論文集

哭きいさちる神・スサノオ 生と死の日本神話像―ネリー・ナウマン論文集

 宗教民俗学者五来重のもとで研究したアンヌ・ブッシイは最後の捨身行者林実也の研究からスタート。現代日本人が忘却し去った林実也という明治の地方の宗教者に着眼するそういう視点が彼女の持ち味だろう。モーリス・パンゲの『自死の日本』にも引用されている。
 そして、中山シゲノという1990年台まで活躍した大阪の稲荷信仰の巫女のライフヒストリー研究にその本領が生きている。
 そもそも、京都の伏見稲荷大社の一つの分枝としての大阪市内の玉姫社がその10年以上もの調査対象だった。全国にある稲荷社の拡散がどのように起こり、憑依した巫女の力能により大都会で講が生まれる過程を事実に即して記録しているのが『神と人のはざまに生きる』だ。シラタカというお狐さまは稲荷神の無数の眷属の一柱、名のしれぬ、中井シゲノ個人にしか顕現しないあえかな神であるけれど、20世紀の日本に確かに存在したのだ。中井シゲノの逝去とともにそれは娘へと代替わりした。

 共感をもって記された確かな巫女のライフヒストリー。シラタカと召命されて巫女の生涯が、彼らを知らない人々の記憶にも残ることになる。

神と人のはざまに生きる―近代都市の女性巫者

神と人のはざまに生きる―近代都市の女性巫者