「やっさいもっさい」の語源について

千葉県木更津の風物詩「やっさいもっさい踊り」は全国的にも知名度が高い。
その語源については、木更津甚句の「そこのけ」からともう船着場の「矢崎」「森崎」に由来するとされる(wikipedia)。

 あえて異説をたてる。
大阪府堺市の石津太神社の神事「ヤッサイホッサイ祭」との関係を論じたい。泉州の奇祭とされる。
 こちらの祭りの始まりは「往古蛭子命が漂着した際、付近の住民が篝火を炊いて迎えたと言う古儀」というから、蛭子(えびす)信仰がベースであろう。語源はどこにも書いていないようだ。

「ヤッサイホッサイ祭」が「やっさいもっさい」を生み出したとしたいところだが、 さて、どちらがどちらの起源なのだろうか? 
 大阪の陣に木更津の漁民が家康方に協力したという史実があることから、話が入り組む。堺は大阪に隣接する地域だし、事実大阪方に焼き討ちされている。
 木更津衆が「やっさいもっさい」を持ち込んでもおかしくはない。ま逆の可能性もある。
 東京の佃島を考えてもいい。家康により「摂津国西成郡佃村・大和田村(現在の大阪府大阪市西淀川区佃・大和田)の漁夫33人が江戸に」移り住んだのが、「佃島」なのだ。

 自分の思いとしては八幡信仰を奉じる海人たちの交流があったとみたい。木更津も堺衆も海人の流れを汲んでいる。石津太神社の祭神のひとつであり、木更津には八剱八幡神社なる古社がある。