豊国大明神の誕生

 豊臣秀吉が死後、豊国大明神となったが、それは前例のない出来事と史家がいう。
徳川家康もそれを真似てか、死後東照大権現として神に祀られる。

 実はイエズス会の諜報網は秀吉の死が公表される前に、「新八幡」として祀られることを策動していたとローマに報告している。それがなにゆえか、明神になったのだ。

 ここで自分が持ち出すのは、室町時代の説話の「ものくさ太郎」である。
この男は半端ない怠け者で、信濃奥地でゴロゴロと怠けていたところが、ふとした拍子で上京することになる。ここで大変身を遂げるのだが、それはおいとくとして、美しい女房を勝ち得るのだ。しかも、その強引な結婚がキッカケで天皇家の血筋を引く高貴なモノということが判明する!

 彼とその女房は、死後、殿はおたがの大明神、女房はあさいの権現となる。

 これこそが明神の名をえたその根拠ではなかろうか?


下剋上の文学 (ちくま学芸文庫)

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豊臣秀吉 (中公新書 (784))

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