龍蛇の末裔

 「龍蛇の裔」なる幻惑的なことばが人文科学者の触角にかかるのは石田英一郎の『桃太郎の母』からであろうか。石田はこの論著で原始地母神の民族的連なりを述べようとしていた。
その対象は豊玉姫命玉依姫の神話である。神武天皇はその血筋となる。
豊玉姫命は大鰐、竜の化身となり娘を生む。玉依姫は綿津見大神の娘で、豊玉姫命の妹であるが、賀茂伝説では、タケツヌミノミコト(建角身命)の娘という役回りとなる。
 苧環伝承である賀茂伝説で蛇と交わることになる。蛇神崇拝は弥生期以前の信仰形態であるとしていいだろう。
 天皇家の開祖にまつわる伝承に海人族の海神=龍信仰が含まれることが重要だ。

 海神の棲家は竜宮と観念されていたと考えられているが、これは同じくらい起源が古い、浦島伝説と関係する。丹後国風土記逸文万葉集で歌われるのだ。律令制以前は丹波は丹後に含まれていたことを注意しておく。
 この竜宮に関わる伝承をもつ種族が日本海沿岸の海人族であった可能性がある。それは奇妙にも朝鮮側の伝承に現れている。

三国史記倭人伝に言う。

脱解は本、多婆那国の所生なり。其の国、倭国の東北一千里に在り。

 新羅国の第四代国王、脱解は「多婆那国=丹波国」の出自とされている。『三国遺事』では「竜城国」とする。
 この伝承の矛盾は丹波国の伝説である浦島子の竜宮往還を考え合わせると示唆的である。丹波を拠点の一つとしている海人族はその崇拝対象を海神=大鰐=竜と信じていたのだ。
浦島伝説はその名残を伝えるものだと解釈できる。この種族は倭人半島人の混成であるとしてもよいかもしれない(新羅の王家にその血がつながることから)
 竜宮伝承は安曇氏などにより内陸にも伝わり、「竜宮淵」という滝壺や川の深みにある水神の棲家を各地に残したのであろう。

 竜とは後世の当て字で海ヘビを指すと思われる。日本海沿岸の神社では海ヘビを神獣とするところが多いという。