起きてきけ此時鳥市兵衛記 其角

 宝永年間、上総というから今の千葉県北部姉ヶ崎の実話。市兵衛は主人が罪を得て、遠流となるとその老父と遺児に仕えること11年。
 江戸に出ては官庁に嘆願書を出し、身を持って主人の罪に代えるように訴えた。
幕府もその忠義に感銘し、市兵衛に主人の田地を与えることとしたが、市兵衛これを断り、遺児に賜うように願い出た。
 それが、幕府お抱えの儒者林信篤の『市兵衛記』となって其角が句に仕立てた。幕府が記録させたということだ。
 現代人は市兵衛の封建的な倫理観を笑うだろうが、しかしながら、義理人情の行為は後世の我らにも感銘を与えるのだ。
 江戸の世はこの様に泰平の世でもあったということだ。