渋江抽斎を読む

 森鴎外の代表作の一つでもある歴史的評伝『渋江抽斎』を読み返した。
渋江抽斎は、幕末近くの江戸に生きた医者である。津軽藩御典医から将軍のお目見え格までに昇進したが、実は抽斎は考証学に私財をつぎ込む文人肌の医家であった。
 その交友は幅広く、幕末期の著名な文人や学者たちと幾多の接点がある。それはまさに森鴎外が生きた人生に似ている。
 しかもなお、抽斎は多数の食客を養い、市井の人々に恩義を施しながら54年の人生をおくる。
 短いようで長く、長いようで短い生涯である。
書を集めることでは人後に落ちない人物であったようで、廉価を本を渉猟していたが、鴎外はその点に「殊域同嗜」、つまり自分と同じ多読趣味であると満腔の意を表している。
 「武鑑」を収集する趣味から鴎外は抽斎を発見したとも言う。
 ここで、医学史的に興味深いのは蘭学医ではないに種痘法を広めていたことだ。江戸時代はこうした奥行き豊かな人物を幾人もふところに蔵めているのである。
 鴎外は明治にあってつい昔の朋友にあった気心がしたのであろう。

渋江抽斎 (中公文庫)

渋江抽斎 (中公文庫)