蛸壷やはかなき夢を夏の月

 表題は明石の海辺で詠んだ句とされます。
芭蕉の名吟のひとつですが、自分にはひときわ余韻が深い俳句であります。

 蛸壺で一夜の寝床をえて安堵しまどろんでいるタコにヒトの生を重ね合わし、加えて、季節のなかで華やかな夏の日が須臾にあいだに過ぎ去り、末期が迫っているかもしれない生きものたちに共感の念を広げていくのであります。

 そんな複雑な心象が短い語句のなかから湧き出てくるのであります。しかもなお、虚無的な印象を与えることなく、健やかな諦観がにじみ出るあたりは、見事というほかありません。

 たこ焼きにされてしまうかもしれないタコたちの弔いともなっており、タコを食らう人間どももそれほど差がないことを匂わせているかのようです。


この句は加藤楸邨が好きな句としています。さもありなん