むかしむかし、A新聞がまだ知的にカッコ良かったころ、ある連載が話題になった。不良でありながら、めちゃ高知能な少年の取材記事だ。
その少年は、お勉強のできるいい子であることを潔しとせず、自らの人生は自らの価値観で決め、独立独歩の道を歩む覚悟であったらしく、軽微な犯罪をしても臆せず、恐喝しても恥じず、そのくせ価値のある書物には対価を払うという心意気をみせる。
まず今日にはありえない人物像だ。
言ってみれば立原正秋の『冬の旅』の主人公のような人物だ。いまこの時、貧相なこの世界に、こうした人物はどこにもいない。
それはそれで言い知れぬ魅力をもつ生き方であるのだが、その書物というのが、小林秀雄『本居宣長』だったのだ。当時の話題作でもある。
だが、この作品、何もインパクトというか、残るものがないのも確かだ。現に白洲正子が秀雄に同じ感想を述べたら、小林はそうだと同意したという。
ひたむきに古代の大和心を探求した近世の巨人をわれらは未だに十分理解しているとは思えないが、それにしてもこの評論は宣長について、なんら鋭い言い当てをしていない。いつもだったら、華麗なレトリックでヒトをけむにまく小林なのだが。その彼が、あたかも主題をめぐり堂々巡りをしているだけなのだ。
そんな『本居宣長』を高評価する少年は、まさにファッションとしてのみ知を享受していたのだなと今にして思う。
だから当時は、平凡な自分には眩しく見えたのだあろう。非倫理性と知性と独自な生き方というのが開拓の自由が残されていた時代だったのだ。
そう、かの時代には知性の多様性と可能性が輝かしい未来を乱反射して自分ラを誘っていたように思うのだ。
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冬の旅、そうした生もあろう。その生き方とその響きには身が引き締まる。