その題名からして演歌と関係ありそうで、まったく関係ない『北の海』という小説について語りたい。
『北の海』は日本の若き時代の青春群像をいきいきと描写している。
静岡県という風光明媚でおだやかな風土に包まれて物語は始まる。金沢の四高から来た蓮実は洪作(浪人生の主人公)に断言する。四高に入学すれば柔道の稽古しかない。
「稽古はそんなに烈しいですか」
「まあ、烈しいと言えましょうね。朝稽古、昼稽古、夜稽古」
「ほう、すると勉強は?」
「勉強なんてそんな余分なものしませんよ。勉強しに学校にはいって来たんじゃないだんから」
まことに、おおらかなものだ。
現代人のようにあくせくしていない。無際限な自由という青春の特権がある。
次第に、「練習量がすべてを決定する柔道」に洪作は惹きつけられてゆく。傍らに、沼津一という美少女で従姉妹のれい子へのほのかな思いを配し、物語は大正時代を進行してゆく。
あの時代は大正デモクラシーに象徴されるように開国後の日本が伸び伸びと健やかに育つ時代であった。
物語りは、ぬくもりの土地、沼津から、北国の金沢の熾烈な青春に大きく進路をかえてゆく、洪作の少年期から青年期への成長を描いた小説だ。
ついでながら、洪作の仲間たちは歌を詠む。
「いざんゆかむ いきてまだみぬ 雲を見む 目に甘き雲は あの空にあり」 と前作の『夏草冬濤』で伊豆半島の自然と旅の誘惑を歌う仲間の木部。かつて眩しかった同級生たちは心なしか色あせて見え出す。
ぞう、中学時代の親友らとも離れてゆくのである。
文学の香気を漂わすのがサスガだ。
青年期の甘いロマンティックな気分とともに柔道という燃える闘魂の情熱がこの小説で鮮烈に語られると、つられて自分も当時の気分を思い起こす。
まことに名編といえよう。
ついでながら、ジブリ(のファンでもある自分としては)のラインアップにこうしたさわやかな男臭い物語りを加えてもらえたら嬉しい。女性向け、ないしは少女主役の路線もよいが、無際限の自由を予感させる青春群像を描き出せるなら、それをやってほしいものだ。
エンニオ・モリコーネの曲を「北の海」のBGMとしよう
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