西洋文化で共感しにくいのが肉体への固執、偏愛である。それは死後のbodyにも連続する。その情念がキリスト教の来世観、つまり、「復活」=肉体の蘇りの信仰と関連がありそうではないかと自分は密かに考えている。カタコンベの頭蓋骨や蝋人形館の歴史などもその系統に属していよう。
その典型が「デスマスク」なる習慣だ。そして、日本のソフトカルチャーに最も受入やすいのが、表題の「名も無きセーヌの乙女」だ。
岡田温司によれば、パリのセーヌ川での1880年頃の投身自殺者のデスマスクだという。
ノートルダム大聖堂の裏にあるモルグ(死体公示所)で引き取り手のないまま、埋葬されたという。 肉親が知っていたとしても自殺を禁じたカソリックの国だ。現れなくとも不思議はない。このデスマスクが人気を呼んだのはその微笑の故であるのは写真から想像がつく。
確かに自殺者特有の苦悩が容貌に刻まれることなく、この世のしがらみから解放された至福の気配が乙女の微笑みに漂うている。
にしても、このようなリアルには極東の島国の民族は馴染みかねる。紹介文を読んだのも岡田温司の『デスマスク』が初めてだった。
一方で、リルケやジャコメッティ、カミュなどの関心をそそってきたのが、西洋の精神的伝統なのだ。
岡田はローマ時代の墓地における死者の彫像から説き始めているが、たしかにヘレニズム=ローマ時代にも肉体のリアリズム重視の伝統はあった。だからこそ、肉体まるごと復活の教えが、より強く受け入れられたのかもしれない。
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