民俗学の創始者は柳田国男であるが、その柳田国男の模索期に大いなる刺激を与えたのが旧幕臣の山中共古翁であった。
一般には『砂払』なる著作が知られているだけであろうが、山梨県の民俗学者や考古学者には知名度が高い。
もとはといえば、維新後の徳川慶喜の静岡(駿府)移転に随伴した幕臣であるが、静岡にてキリスト教に改宗する。明治期において初めてメソジスト教会の牧師資格を得た一人だ。
独立心旺盛な徳川慶喜は府中学問所を駿府城中に開設した。中村敬宇などが教授であったという。そこから幾多の逸材が輩出する。
キリスト教布教で生まれた静岡バンドからも中村正直、杉山孫六と土屋彦六、山路愛山などを輩出している。化学や数学の本格的教育もこのキリスト教グループからスタートするのだ。
さて、山中共古は明治十一年から甲府伝道を開始する。結城無二三が同志になったのもその頃。地域での伝道の過程で甲斐の民俗に遭遇した。それが『甲斐の落ち葉』となる。
明治二十年以降、そうした甲斐民俗誌を中央に発表してゆく。坪井正五郎が編集する『東京人類学雑誌』にも論文を出している。
明治十一年に始まった『集古』という雑誌もそうした高等遊民のたまり場になった。山中共古は常連。坪井正五郎や内田魯庵、後半の大正期には南方熊楠や森銑三も寄稿している。
考古学と江戸学と民俗誌などが踵を接していた奇妙な雑誌であったわけだ。集古会には柳田国男も名を連ねていたが、農政官僚として多忙であったためものあり熱心な参加者というわけではなかったようだ。
しかしながら、そこでの接点がもとになり『石神問答』という奇妙な知識の合成体が生まれいづる。
ほぼ柳田国男と山中共古との往復書簡からなる『石神問答』はじつに多面的な内容の書物だ。
地名としての「シャク」「サク」「シャクジ」から山神、姥神や姥石、石仏などの民間信仰やそして、諏訪のミシャグジにおよぶ石神の探り当ての問答集だ。つまりは、縄文信仰の名残りを武蔵の奥地から上州信州甲斐駿河三河などの山国にまで探求してゆく博識な人物たちのログなのだ。
この書を巡っては泉鏡花や幸田露伴、南方熊楠がすぐさま反応を開始している。とくに収監中の南方熊楠への媒介をしたのが『石神問答』を贈呈した坪井正五郎である。
また、甲府の中沢厚や中沢新一に連なる人びとにも山中共古の影響がある(中沢厚の祖父が受洗したのだ)
山中共古についてはその別名「笑(えむ)」という名の由来も気になる。自分の想像ではメソジストのMから来ているのではなかろうか。
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