近代文学の事例としての『遠野物語』は、かはり孤絶した現象であると思う。日本民俗学の始点に位置づけられる『遠野物語』が、だからといって研究書というわけでもなく、丹念なるフィールドワークですらないことを押さえておこう。
言い換えると、海外のどこをどう探しても類似の書物がないのだ。
イギリスの好事家たちは怪談集をまとめているが、それは「民間信仰」とは切断された、娯楽性に富んだものに過ぎない。キリスト教もしくは近代科学により、生活とは遊離したエピソードでしかないのが、イギリスの怪談奇談なのだ。
フランスやドイツのものを博捜しても類似の書籍はない。
お隣、中国になるとこれは近代性と大きく乖離した書籍群(『唐代伝奇集』など)が飛び地としてあるだけだ。
そこにいくとロシアは幾分、事情が異なって見える。
あの民俗学者アファナーシエフ(1826‐71)編の『ロシア民話集』は、民衆の息吹と幻想性が生んだ大地に根ざした説話集という感じが、いかにも濃厚である。
だが、アファナーシエフと柳田を切り離すものがある。リアルな生活感だ。それは当然だろう。かたや地元の大学出の佐々木喜善の語り、文盲に近いロシア人民の語りが、そのオリジンだとすれば。
また、ゴーゴリの『ディカニカ近郷夜話』は、どうにか似ている。その類似も実在の地名とそこで採取された原型のストーリーという点までだ。こちらはあまりに幻想的にすぎる。それにゴーゴリのは小説だ。
『遠野物語』は伝説集というにはあまりに日常的であり、幻想小説集とされるにはリアルで登場人物が不在である。死者や怪異への弔いや畏れがある点で怪談奇談のたぐいとは違いがある。
『遠野物語』は、メタ・フィクションというべき書籍かもしれない。それが、近代的知性と日本の原初性が生んだ唯一無二の所産だというのも比較文学的に断定できそうだ。
NHKの特集
1970年台の邦画
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