タゴールの警告

 アジア初のノーベル文学賞の受賞者であるタゴールは、イギリスから「Sir」の資格も授与されている。
 それは独立を目指すインド知識人から批判を浴びることになる。西洋の文化的普遍性や啓蒙力にタゴールは敬服してはいたが、同時にインドの民衆と大地を愛してもいた。
 板挟みとなったタゴールは日本を訪問している。逃避の意味もあったのだろう。戦前に遥かな航路をけみして5度も訪日している。 そして同じ東洋の国でありがら、独自の文化と美意識を持つ日本に感銘を受けている。
 その日本論は、『JAPAN A LECTURE』となる。

 しかしながら、その侵略的な民族主義には警鐘を鳴らし、それを日本国内で何度も批判する講演を行なっている。一般の日本人はそれを後進国インドの偏見と受け取り、軽視したようだ。初来日では山のような群集に歓迎を受け、帰国時には友人らしか見送りにこなかったという。迎合しない姿勢、それこそ真実の証だろう。
日本はこの友人の警告を無視し、自滅の道を転落してゆく。
 この講演内容は、米国で『NATIONALISM』という著作となる。これはまた米国での批判を招いた。

 そうは云っても自然を同化した日本の芸術や俳句のような文芸はタゴールに感銘を受けたのも事実である。ことに横浜の原三渓のもと、三渓園に三ヶ月も滞在している。
 それが詩集『STRAY BIRDS』に反映されている。俳句のような短詩である。イェーツとならびタゴールも日本文学に共感を示した偉大な芸術家なのは、われらの誇りとしてもいいであろう。


 タゴールの日本に関連する三つの著作はDL-Marketで、無料で入手できることを申し添えておこう。

ラビーンドラナート・タゴール 『JAPAN A LECTURE』(原著英語版)pdf

ラビーンドラナート・タゴール 『NATIONALISM』(原著英語版)pdf

ラビーンドラナート・タゴール 『STRAY BIRDS』(原著英語版)pdf



 タゴールが嘆賞した三渓園を彼が滞在した場所として眺めるのもいいだろう。


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