大阪に行くと街なかの大衆芝居興行が多いのに歴史を感じたりする。東京はどうだろう。
どうやら明治期までは、この東京にも大衆演劇の舞台は幾箇所にもあったようだ。
浅草猿若町に三座+人形小舎、新富町には新富座、木挽町にあった木挽座から歌舞伎座は明治後半に生まれた。
人形町の明治座はかなり以前からあったようだ。久松座というのも日本橋にあり、それは千歳座と改名している。久松町というのがあったようだ。
本郷座というもあった。おそらく本郷にあったのであろう。
神田三崎町にも三崎座があったそうだ。
いずれも下町である。
「明治時代の芝居と劇場(一)新富座/守田勘弥の欧化熱」http://www.ndl.go.jp/scenery/column/theatrical.html
http://www.ndl.go.jp/scenery/column/theatrical_2.html
http://www.ndl.go.jp/scenery/column/theatrical_3.html
この時代、旧幕臣の福地源一郎がおり、歌舞伎運動を盛り上げてゆく。
河竹黙阿弥も健在。また、英国人リットンの翻訳芝居などを演じたというのも興味あることだ。
というのようなことを岡本綺堂の随筆から学んだ。
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