エンパイア・スター

 『エンパイア・スター』をご存知ない?
それは幸せですね。このSFを先入観なしに読めるなんて、シンプレックスです。
 サミュエル・ディーレニィは60年代のSFというより20世紀後半のSF界のノヴァでした。

 彼には数々の話題作がありますが(最近、ようやくその代表作『ダールグレン』が訳されました)、私的にはこの作品が好きであったのです。
 評論家がいうディーレニィの世界の神話的構造とか回帰性とかは私的にはチンプンカンプンです。
 やはり物語の情緒性にはまらないとダメで、それ以上の技法はどうでもいいものです。

 この作品では主人公の少年コメット・ジョーの冒険と成長が、イマジネーションの造形した世界におけるトリップと経験とに見事に溶け込んでいます。感受性豊かな少年が遭遇する華麗なキャラクターと広大な宇宙との遭遇というのがピッタリです。
 シンプレックスからマルチプレックスへと成長する、その言葉の意味は読者が勝手に想像を巡らせばますます楽しめます。詩とか音楽が人びとを動かす、そういった60年代的感性も、惨めに老いた21世紀の読者にはよそよそしくも懐かしいものがあります。

 再び感性を研ぎ澄ませたい方々には、味わっていただきたい小説の一つです。

エンパイア・スター (1980年) (サンリオSF文庫)

エンパイア・スター (1980年) (サンリオSF文庫)

ダールグレン(1) (未来の文学)

ダールグレン(1) (未来の文学)