ジャパン・クールの片隅に名を連ねているかどうか疑問ではあるが、少なくともアメリカや中国からは「HENTAI」は認知されている。国際的な文化様式である。
どうやら、その起源は日本中世の近畿圏(=Kinkyというのが笑えるが)の爛熟文化にあるようだ。
穏当なところでは、能における「狂い」の扱い。「隅田川」では我が子を探す母の物狂いがテーマではあるが、狂気を演劇のテーマにするのは室町時代の東山文化ということになる。
時の権力者、後白河院は遊女・白拍子の歌を愛好する。この京都の妖怪は院政を通じて、平清盛や源頼朝とやり合う、合間に流行歌集を編んでいた。底辺層に生きる遊芸の美女たちの美声を通じて浄土願望も歌い込めるのはスゴイ。
中世後期以降になると僧侶や武将も独自なヘンタイ道に邁進するようになる。一休禅師はエロ漢詩を残すし、戦上手の武将であった佐々木道誉はバサラぶりで名声を博す。
後白河院の『梁塵秘抄』の憂世感覚の歌を引こう。
きっとこれも又、老いを生きるための滅びのHENTAI美学だったのでありますな。
我等は何して老いぬらん、思へばいとこそあはれなれ、今は西方極楽の、弥陀の誓を念ずベ
し
女装や男装はとくに京に限定した風俗でもなかったのかもしれないが、中世世界では当たり前のことであった。日本人ヘンタイの一翼を担う男色=稚児文化は古都のまわりの寺院では日常茶飯時であったようだ。
これは新宿歌舞伎町界隈に存続している。例えば、こちらのリンクを見られよ。フランスの閨秀文学者ユルスナールが憧憬の念をもったニューハーフの洗練された立ち居振る舞いは中世の色道に由来すると思うのだ。
平安の雅の京都貴族を扱った『平中物語』にもHENTAIを演じる主人公がいる。色恋を冷ますために思い人の排泄物を取り寄せるエピソードはティピカルだ。。実はゆばりと見えたのは丁子の汁、親指大のものは山芋だったというオチは笑いを誘うようでいて厭わしくもある。
平中(平貞文)を取り上げた中西進の『狂の精神史』は系統的なHENTAI史でもあるが、洗練された芸術家であるはずの谷崎潤一郎も『少将滋幹の母』で委細を究めることになるのは深い因果と因習を感じる。
そういいつつも因習に縛られること無い服装というのも中世人の特徴であったようだ。
上の図に描かれた三人は放免とか傀儡子とか傾奇者の源流に立つ人たちだ。高下駄や杖などに注目していただきたい。
欧米の若者が日本の若者の奔放なファッションに感心することがある。その発生点はこうしたバサラな人たちや底辺にありながらの自由に生きた人たちの風俗にある。
生の世界の奇道と並列して、死の世界への精進ぶりも凄まじい。
『往生要集』や『一言芳談』は墓場の死臭で満ちている。
たとえば、『一言芳談』の次の言葉は死への憧憬さえ漂う。
この身を愛し、命を惜しむより、一切のさはりはおこるなり。あやまりて死なむは、よろ
こびなりとだに存ずれば、なに事もやすくおぽゆる也
唐木順三によれば『閑吟集』あたりで憂世が浮世に変貌したという。
現在のヘンタイ諸君に唯一、欠けているものがあるとすれば浮世感覚なのであろう。
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