信じていた人間に裏切られる失望は大きい。
トロツキーは25年前までは心の英雄だった。レーニンの右腕、赤軍の組織者であり雄弁家、スターリンとの対決、優れた歴史家。枚挙にいとまのない能力と実績。
それもクロンシュタットの虐殺の一事をもって、ただのイデオロギー狂信者と知ってしまった落胆。自己の信念のために血も涙もない点では宿敵スターリンとそれほどの違いがないわけだ。
ロシア革命はクロンシュタットの水兵たちの反乱がきっかけだったのに、彼らは革命によって舐り殺された。
同様にアーサー・ケストラーも柔軟で束縛されない思想家だと信じ込んでいた。
スターリン主義の闇を描いた『真昼の暗黒』の力量、『偶然の本質』や『創造的活動の理論』での縦横無尽な知の横超。反核運動でも世論の先頭にいた。
だが、彼もロシア革命の暗黒期に反共産的分子の抹殺に熱心であったことを知り、愕然とする。ウクライナの飢餓と粛清の時代にケストラーは粛清を激励している。
この有り様をケストラーは「働くより物乞いしたがる、人民の敵」と指弾するほどの盲目にあった(共産党シンパはそう信じこむのだ)彼はウクライナ農民の死はものの数ではなく、革命の代価だと言っている。
同時代の作家のジョージ・オーウェルとは段違いだ。大義のために大量虐殺を推奨するのは狂信者だけだ。イデオロギー以前の倫理意識すらないケストラーと自由のために戦ったオーウェルとの差異は截然としている。
ウクライナの恨みというのいうのはどれほど深いものかを知らないと今起きている戦争の原因や動機が見えてこないだろう。ケストラーはウクライナで共産党が起こした飢餓を肯定している。なんとも呆れたことだ。
殲滅戦の歴史を克明に辿った良著。しかし、歴史的なパースペクティブは上記のスナイダーの本で補わないと片手落ちか。