マッキンゼーが予測しても未来は不確定

 ザ・ファームと呼ばれるコンサル会社の王者。そのトップノッチたちがモノした未来予測がある。2017年刊の『マッキンゼーが予測する未来』が訳本であるが、原著は2015年だ。

 ここで、8年後の未来である2023年初頭から、その評価をしてみる。いわゆる「後知恵」論評であるけれど、自分ごときが云々カンヌンしても王者にはまったく影響はなかろう。

MGI(マッキンゼー・グローバル・インスティチュート)という指導的立場の組織のメンバーがこの書籍を著した。帯には「MGI発超長期トレンド」とあるので、5年スパン、あるいは10年以上有効だとして解釈しても良いだろう。

 4つのビッグフォースが10年後までも未来のビジネスを支配するというのが、彼らの破壊的イノベーションという名のメッセージだ。

 4つとは、都市化のパワー。加速する技術進化の速さ、地球規模の高齢化と音速、光速で結びつく世界だ。

 「都市化のパワー」から扱う。

 MGIのエリートは2025年までに世界の上位都市200のうち46は中国になるとしている。これは間違いあるまい。しかし、そのモデルであるはずの中国は大減速に見舞われている。事実上のバブル崩壊による不動産不況と中央統制によるコロナ対策への幻滅だ。つまり、富と快適さの象徴としての大都市はいとも簡単に負債と閉塞の牢獄になりかねないことを露呈したわけだ。

 大都会では各種の新しいサービスが群生すると彼らはいう。その事例であるアメリカの企業インスタカート社は2017年にパートナー離脱が問題となり(原著執筆後2年目だ)、2022年には他業種への展開を模索中とある。簡単に模倣されるサービスであり競合が厳しくなったためだ。

 インターネット系のデジタルサービスは簡単に開業できて、ヒットすれば即座に成長する。しかし、模倣もいたって容易だ。アプリの良さと宣伝と口コミのような運と根気と機敏性に左右されるわけだ。それは2000年のインターネット・バブルから不易の法則であったはずだ。都市の規模やその成長はその地域での群生の機会があるというだけのこと。

 都市内にキャンパスを持つ大学も伸びるはずだと彼らはいうが、大学に入れる学生の境遇の敷居は高止まりしている。それにしても、アメリカの大学生の数は減少傾向にあるという。

 あの牧歌的だった霧のサンフランシスコ市の中心部では家賃と生活費の高騰でバランスのとれた生活者とワーカーの共同体は破壊されたという。それは急成長を遂げた大都市の共通の弱点になる。

 

 「加速する技術進化の速さ」は聞き慣れた用語だ。コンサルタントの常套句。

 デジタルネットワークはスマホという極上の端末を市民の個々人に装着させることで、開かれた可視化社会をビッグテックたちに提供した。市民たちは利便性と引き換えに行動履歴を供与し、データサイエンスという次世代マーケティングの沃野を開拓した。それがこの20年であったはずだ。

 そこでのさらなる新規性は何なのだろうか? 

 今更、技術進化の加速ではないだろう。耳タコだ。

例えば、技術進化に刺激された行動変容であるはずだ。そういえば、この本には人々の行動変容についてはほとんど分析のメスを入れていない! 

 それは致命的な手落ちというべきだろう。

 

「地球規模の高齢化」については、本書の特色でもなければ、ここで論じるテーマでもないだろう。

「2030年世界の34カ国がスーパー老人国になる」

 高額なコンサルフィーを払ってまで、そんな月並みな主張を聴きたい人は少数だと思いたい。

 誰もが知っている人口動態から、すべての将来を論じる知識人たちはこの傾向を扱わざるをえないからだ。

 

 「音速、光速で結びつく世界」は4つ目。テーマはネットワークと物流のことだろう。

 しかし、「音速」はいただけない。「音速」で何を主張したいかが不明だ。普通のジェット機はマッハ1以下なので音速の物流は実現していない。インターネットのスピードは音速なんてありえない。だからといって、まさか人びとの会話のことを指しているわけでもないだろう。

 ツッコミどころはそれくらいだろうか。

 それともう一つ、突っ込みを入れるとすると本書の引用事例がほぼ壊滅状態に近いという点。

 グーグルのロボット「シャフト」は2018年に事業撤退した。GEも衰退企業になり果てている。医療ロボットのBaxterは健在で日本でも販売されているようだが、ここ4年以上鳴かず飛ばずだ。こんな失敗例をたくさん素材にしている事実は未来ビジネスを扱う本書の価値を上げているとは思えない。どうもロボット分野はそうそう簡単に日常生活に普及するような製品を出すまで成長してきていないようだ。

 DXを予測していた、とでもいえばいいだろうか。そういうことにしよう。ここでは、ザ・ファームに花をもたせることにしよう。

 いずれにせよ、10年も経たないうちに予測は空回りしてきているのが実情だ。いかなスーパーなコンサルタントだとて未来は不確定だ。そして、かつての『エクセレント・カンパニー』の事例と同様に、彼らが参照事例とした製品やサービスは多くが消えうせてしまうようだ。