阿波の狸合戦

 高畑勲の傑作『平成狸合戦ぽんぽこ』にインスパイアを与えた阿波の狸合戦という伝説がある。その現地である徳島県小松島市は駅前の巨大なたぬきオブジェを含め地元のアイデンティティとして狸を愛玩している。

 小松島の染物屋、大和屋茂右衛門の土蔵にできた狸穴。情け深い茂右衛門は穴を潰さず逆に養うように使用人に命じる。それを恩に着る金鳥は万吉という職人に取り憑いて、名の名乗り、供え物への礼をいう。
 おかげで大和屋は商売繁盛。近隣地域の評判となりとうとう屋敷内に金長大明神の祠を拵える。
 そんなある日、万吉に取り憑いた金長は「四国の狸の総大将である津田浦の六右衛門たぬきのもとで一年ほど修行したい」と主の茂右衛門に申し出る。聞けば、正一位の位を授かるためだという。何とも感心なことと主は許す。
 
 ところが話は急転直下する。ある日万吉に金長が慌ただしく取り憑いて告げるには、
「猜疑心の強い六右衛門だぬきは金長が自分の地位を狙っていると勘ぐり、ある時金長の宿所を急襲した。金長はかねて自分に心服する藤の木寺の鷹という狸と応戦し運良く切り抜けた。だが、藤の木寺の鷹は討ち死にした。自分は鷹のために敵を討ちたい。このたびは長の暇をいただきに参った」
 というわけで、金長は一族郎党を連れて、津田浦の六右衛門狸を討伐した。
その目撃者がいたわけではない。
 しかし、その日の暮れに鎮守の森で大勢の物音がするのを村人たちは聞き、翌朝になってみると無数の狸の足跡が津田浦への道筋についていたということだ。

 その勝敗に津田山での激戦の伝説が残る。激烈な合戦で数百の狸の軍勢が白刃戦を行い、金長と六右衛門狸の大将同士の果たし合いになったという。ついに、金長が六右衛門狸を噛み殺して勝敗がついたとされる。人の目撃者がいるわけではないのだが、そういう結末なのだ。

 一介の狸の仁義と義侠の話であるのだが、単なる伝説というわけではない。何しろ、大和屋の子孫は存続し、その子孫が語り継いでいる。時代も天保年間であることも分かり、しかも金長神社も実際にあるのだから。
 それにしても、天保年間というのがいい。東日本の「天保水滸伝」と同じ時代精神を感じるから。

 面白く感じるのは狸たちが人間と同じく忠義とか嫉妬とかの情念のもとに一族郎党による合戦という社会的行動を起こした、と信じる阿波の民衆たちがいたことだ。
 四国の人たちには狸たちが、とてもとても身近であった。狐憑きではなくて狸憑きになるくらいだ。商売繁盛の要因、それどころか守護神的なトーテムとなっていたことだ。これは四国のお遍路を残す精神的な伝統と無縁ではないのだろう。



 徳島県小松島には狸合戦のヒーローである金鳥たぬきを祀る金長神社がある。



【参考資料】

 笠井新也によれば大和屋の四代目の楠本賢孝のもとに当時の狸合戦の文書があったという。
動物たちとかくも隣り合って共生していたのだ。



平成狸合戦ぽんぽこ』にも金長は義理堅く加勢に多摩地方まで来ていたなあ。

平成狸合戦ぽんぽこ [DVD]

平成狸合戦ぽんぽこ [DVD]

  • 発売日: 2015/03/18
  • メディア: DVD